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66.貨幣博物館で鎌倉時代の金融刺激策的な思考に感心した話

世の中のあれこれ
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久々に貨幣博物館へ

あまりに暑いので涼をとりに貨幣博物館に行ってきました。
貨幣博物館は日銀の隣にあります。
日本橋三越の裏手ともいえます。
二年ぶり二回目の訪問です。

入館料は無料です。
さすが日銀、太っ腹です。
展示室はそれほど広くはありませんが、充分に通貨の歴史が学べます。
大人がゆっくり見て回るのも良し、お子さんが学ぶのも良しというGOODな博物館。

新札

新札の現物をまだ拝んでいませんでした。
今日、初めてガラス越しに拝見。
千円札の裏が北斎の富嶽三十六景・神奈川沖浪裏だと初めて気づきました。
きっと外国の方にも受けがいいでしょうね。

新札を巡っては、キャッシュレス化が進んでいるのになぜ今更という指摘もあり。
ただ、日本の場合は紙幣の発行量が引き続き多いようです。
決済の6割はまだ現金なのだとか。

青砥藤綱(あおとふじつな)の伝説

展示品の中に青砥藤綱(あおとふじつな)の 浮世絵がありました。
太平記に書かれている鎌倉滑川での銭拾いの伝説の場面が書かれた浮世絵です。

藤綱は北条時宗と貞時の二代に仕えて引付衆になった人物。
ある夜、出仕した際に誤って十文の銭を滑川に落としてしまいました。
彼は従者に五十文で松明を買いに走らせ、それで川を照らして十文を探させました。
そしてどうにか無事に拾い上げた、というお話。

このことを聞いた人々は、十文を得るために五十文をつかったことを笑いました。
しかし、藤綱は、
「十文の銭はわずかだが、これを失うことは天下の財貨を損なうことになる」
「五十文をつかったことは、私には損だが、天下の人々にとっては利益である」
と語ったといいます。

改めて思ったこと

この話は学生時代に聞いたことがありました。
ただ当時は、ふーんモノは考え方やねぇ、としか感じておらず(笑)

今日改めて逸話を読み直して思った感想はちょっと違いました。
こんな時代から、金融刺激策的な考え方を持った人がいたんやな、と。
「天下の財貨を損なう」のは貨幣の流通量を減らすのは悪という考え。
「五十文は私には損だが天下の人々にとっては利益」は財政投資は善という考え。

もちろん、当時は金融刺激策だのなんだのと筋立てては考えていないでしょう。
ただ、基本的なものの考え方が実にしっかりした為政者だったとはいえるかと。
藤綱には他の逸話もあり、清廉潔白な人物だったと伝えられているようです。

しかし、実際のところ太平記自体が怪しいので実在の人物かどうかも不明のよう。
なんやそれ、ですね…

まとめ

いま、「もしも徳川家康が総理大臣になったら」という映画が上映されています。
AIで歴史上の偉人を復活させて組閣するというお話。
面白そうですが、私は映画館には行かずアマプラ待ちです(笑)

歴史上の偉人は多かれ少なかれ後付けの評価で飾られています。
なので、どこまで実力があった人物なのかは分かりません。
ほとんど運だけで人生乗り切った武将なんかもいたことでしょう。

ただ、こうした映画が受けるのも、リアル政治家への失望感からでしょうねぇ。
この間の都知事選の面々では、青砥藤綱の逸話ひとつの訴求力にすら勝てません。
他人の悪口言ってるだけですからね。

そもそもこの時代、清廉潔白だけでは政治家になれないのかもしれません。
が、なんらかの希望を持たせてくれる政治家の登場に期待したいものです。

そういえば、日銀の周りをしばらくうろつきましたが植田さんには会えず終いでした。
不審者扱いされる前に引き上げてきましたが…

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